ビジネスの耐えられない柔らかさ - megamouthの葬列
ビジネスの耐えられない柔らかさ - megamouthの葬列
かつて営業の人間から「失敗したって、命までは取られないじゃないですか?」と言われたことがある。私はどうにもその感覚がわからなかった。 サーバーの構築に失敗し、サービスが開始時刻にオープンできなかったら? 比喩ではなく、それこそ命を取られるほどに落ち込む私としては、どうにも理解しきれない忠告だった。
確かに命がなくなるわけではない。が、死という不明瞭な状態と、現世での決定的な失敗という状態は、主観的に見て、大きな違いがどうにも見いだせなかった。自分もまだまだ死というものが、人生というものがわかっていないのだなあ、とぼんやり考えたりもしたのだが、今思うと、そういう哲学的な話でも何でも無くて、彼が言う「失敗」とは、おそらく商談の失注か何かだろう。今の私に言わせれば、それは「柔らかい」失敗なのだ。顧客の虫のいどころ、タイミングの問題、なんとでも言えるような失敗だからなのではないか。
今ならわかる。彼の仕事は、私のような「硬い」タスクの実行ではなかったのだ。彼にとってのプロジェクトとは、それ自体が「柔らかい」不確定性の塊であり、そのマネジメントこそが仕事だった。遅延もまた、マネジメントすべき「柔らかい」事象の一つに過ぎないのだ。